総研ノート:世界の各地から

ソウル市 「教育監」直接選挙 実施

初めての直接選挙ではあったが・・・

 さる7月30日に初めてソウルで教育監(日本でいうと教育長)が市民の手で直接選ばれる選挙が行われた。「ソウル市教育監」は「教育大統領」と呼ばれるほど大きな教育権力と影響力を持つ地位であるため、また、「イ・ミョンバク政府」の教育政策に対するソウル市民の審判という意味もあり大きな関心を集めた。

 ①高校入試の現行制度(抽籤で家に近い所の学校へ通わせる方式)を維持するかそれとも生徒に学校選択権を与えるか、②特別目的高校の運営方針をどうするのか、③0時間目を復活させるかどうか、④学力調査結果を公開すべきかどうかなど、非常に敏感な教育政策の争点が今度の教育監選挙と深い関係があった。
 しかし、有権者808万4574名の中、124万4033名が投票に参加し、投票率は15,4%に止まった。

 このように投票率が低かったのは教育監直選制に有権者の無関心であること、また選挙日が平日でそれも夏休みの真最中だったことにも原因があった。さらに、今度の選挙が初めての教育監直選制にも関わらず、教育政策の対決ではなく、お互いの非難合戦の選挙、「保守」と「進歩」両陣営の代理戦に変わったことにも一つの原因があったと言われた。

なぜ、今時直選制になったのか。

 教育監の選出方式はこれまでいろいろと変わってきた。1949年、初めての教育監は大統領が任命し、1963年以後になると中央政府が任命した。1988年からは教育委員会が選出、1997年からは学校運営委員と教員団体の選挙人が選出、さらに2000年からは学校運営委員1万5千名が間接選挙で選んできた。

 間接選挙だった教育監選挙が直接選挙に変わったのは、2006年12月に「地方教育自治に関する法律」が改正されたからだ。間選制では学校運営委員らが教育監選挙に参加したが、一部分の人だけに投票権が与えられ、選挙が混濁になり、また教育全体の意見を反映することができなかった。また、地縁と学閥、資金力によって当落が左右される問題点が指摘されてきた。今までの間接選挙では投票率が90%まで上ったのも当選のだめ組織的な動きがあったからだ。いろいろな問題点を防ぐため一般市民に選挙権を与え、地方教育自治の土台を造る出発点にさせる狙いがあった。

 しかし、直接選挙になってから行われた地方の教育監選挙は10%代の投票率に止まり、今度のソウル市教育監選挙も15,4%と低い率に終わってしまった。ソウル教育監は全国16の市・道教育監が参加する「全国市・道教育監協議会」の会長を務める韓国の教育責任者である。また、ソウル市教育庁の初等中等教育政策は他の市・道教育庁に相当な影響力を与えるし、予算も6佻元を越えるし、10万名の教育職員(教員と学校の行政職員)の人事権を持っている。

 イ・ミョンバク政府の主な教育政策の一環である学校自律化の促進で権限がもっと大きくなっており「教育大統領」とも呼ばれてきた。それゆえ、これほど重要な地位を占めるソウル市教育監の選出には政治的に中立性を保ちながら民主性の確報が求められた。それが直接選挙に変わった理由である。

進歩と保守の代理戦なってしまったソウル市教育監選挙 

 ソウル市教育監選挙には6名の候補者が名を挙げた。しかし、2004年からソウル市教育監を務めてきた保守派の「孔・貞澤(ゴン・ジョンテク、74才)」と 大学教授で進歩派の「朱・璟福(ジュ・ギョンボク、57才))の候補者二人の選挙戦になった。

 孔・貞澤(ゴン・ジョンテク)候補は2004年8月から4年間ソウル市教育監を務めた。当時、「学力伸張」を図るため「競争」を強調し小学校に5段階レベル(成績によって"ス・ウ・ミ・ヤン・ガ"というレベルを付ける)の成績表を10年ぶりに復活させ、賛否両論を呼んだ人物である。与党と保守派の支持を受けた孔候補は「未来と共感する教育監」として「リトル イ・ミョンバク」とも呼ばれるほど政府の教育政策と同一の路線を強調してきた。人材を育成するためには画一的な教育から脱して競争システムが必要ということで国際中学校の新設、特別目的高校の増設、英語中心教育、2010年からの高校選択権導入など、「学力伸張」と「競争導入」が主な政策だった。しかし、私教育費ばかり増大するという政策上の問題点と、4年間の教育監在任期間にずっとソウル市教育庁が腐敗機関になってしまった事、さらには教育監自身が政治的な行動をしてきたことが指摘されてきた。

 一方、野党や進歩団体の支持を受けている朱・璟福(ジュ・ギョンボク)候補は「イ・ミョンバク教育政策の審判論」というキャッチ・フレーズを掲げ、教育政策面でも孔候補とは大きな違いがあった。既に受験高校に変質してしまった特別目的高校の増設に反対、私教育費節減対策として塾の受講料の上限制、放課後教育の強化、学校選択制廃止(成績だけがいい学校ばかり選ばれ学校の差がまた酷くなり、もっと教育差別が拡大する恐れがある)、保護者の学校参加拡大、清廉なソウル市教育など、差別がない教育を訴えた。学力格差が存在することを認めつつも、公教育では教育機会の差別がないように平等に教育を受けられるのが大事だと強調した。

 選挙戦が始まった時の世論調査では朱候補が少し前に立ったが、与党と野党、保守と進歩の代理戦の様子が見え始めた後半になってから教育政策の競争がなくなり、市民の関心が低くなってしまった。結局は孔・貞澤(ゴン・ジョンテク)候補が2004年から続いてまた、初めての直選制のソウル市教育監になった。その陰にはまた江南地域(韓国ではお金持ちばかりが住んでいる所と呼ばれて教育熱心で有名だ)の市民の烈々な支持があったのである。

ソウル市教育監の直選制が残した課題

 市民がソウル市教育監という席の重要性を認識しながらも選挙に参加しなかったのは「教育科学技術部長官」も信任できないのに教育監は言うまでもないという考えが広がったためだ。教員と保護者の中でも、名誉や権力だけを望むような教育監は誰が選ばれても関係ない雰囲気が漂ってきたのも事実だ。今度の選挙には320億元の費用がかけられ、「高費用・低効率」という非難を避けられない。そのため既に「直選制無用論」も出てきた。

 今回の選挙で一番問題になったのは「政治性」だった。憲法は教育の中立性を強調してはいる。地方教育自治法第24条には「教育監候補は過去2年間政党の党員ではない人」という制限が設けられている。しかし、政党の「公薦」はなくても「内薦」はあるという噂があるほど政党の関与が多かったし、政治的な理念も衝突した選挙になってしまった。「反イ・ミョンバク」対「反全教組(全国教職員労働組合)」という面もあった。それで教育政策の対決が薄くなり、市民を遠ざける選挙になったのだ。これから政治色を如何に減らして本来の選挙の意味を取り戻すのかが大きな課題になりそうだ。

 また、当選した孔・貞澤(ゴン・ジョンテク)教育監は選挙資金の80%を私設塾や私学財団、校長らにもらったということで現在検察側が調査をしている。野党では孔教育監の辞任を引き続き要求している状況もあり、15,4%の低い投票率の中、6%に止まった支持率で教育監の座を保つことができるだろうかという論議も根強い。

 次回の地方選挙が行われる2010年10月までの任期の間に孔教育監の動向に目が離せないし、また、これから教育監直接選挙制の行方についても議論が引き続きありそうだ。

白 潤卿(ペク ウンギョン、ソウル市在住)

 

2008年12月15日