総研ノート:コラム
第55次教研・分科会を傍聴して
第54次の札幌教研から、共同研究者としてではなく教育総研メンバーとして全体会、分科会を傍聴するようになった。今年の第55次三重教研では、埼玉教研まで共同研究者をしていた「第22分科会 地域における教育改革とPTA」と、それ以前に共同研究者をしていた「第14分科会 障害児教育」を半日ずつ傍聴した。
2月26日の午前中に傍聴した第22分科会では、共同研究者による基調提案が新鮮に響いた。それは多忙化などの問題で自ら首を絞めている点もあるのではないかと提起と、子どものたちが犯罪被害者になっている数はかつてに比べ減っているのに犯罪被害を受けないための過剰ともいえる対策が浸透しつつある状況は監視社会的ともいえる段階になりつつある状況を示すものであるとともに、子どもに自分たちは社会の被害者であるという意識を過剰にもたらす結果となるのではないかという提起であったからである。
ともすれば上からの教育政策・行政の対応ばかりをまずは批判的にとらえて、それにどう立ち向かうかという観点で提案などをしてきた私などには新たな提起と感じられた。後者の点については、地域における外国人の犯罪への対応問題への過剰な反応や、子どもという存在をいつも受身的に捉え保護しなければならない存在にしておくこれまでの子ども観の再生産にもつながることを私たちはどう考えていけばいいのかという提起だったと私は受け止めた。残念ながら、この基調提案をめぐる議論を聞くことはできなかったが、どういう原理でどのように現実を分析していくのかを考えるための提起であったのではないか、と思った次第である。
基調提案後の議論を聞きながら、共同研究者の時にずーと考えていたテーマを思い出した。それは、学校で働く少数職種の労働や権利についてである。他の分科会ではなかなか出てこないからというだけでなく、いま現在、賃金大幅カット、民間委託などの攻撃を受けているという厳しい状況にあるこれら職種の問題を学校論として考えなければいけない状況にますますなっていることを痛感させられた。世界の学校の状況をも調べつつ、至急に検討を要する問題であろう。
もう1つは過疎地域の小規模校問題である。いわゆる「平成の大合併」に伴う学校統廃合が進み小規模校が数多く消えつつある現状は、地域での子どもの育ちに大きく影響するばかりだけでなく地域の活性化の道を閉ざすことにもつらなる。「小さな学校応援団」的なものを作れないかと常々思ってきたのである。ヨーロッパの学校は日本に比べて規模が小さい。そんな状況を紹介しつつ、地域づくりをも展望した政策や対策を考えられないかと分科会会場で考えつづけていた。
午後の開始時間に遅れて第14分科会に参加。2005年12月8日の「特別支援教育を推進するための制度のあり方について」と題する中教審答申を受けての学校教育法等の動きにどう対応していくのかという点についての討議はすでに午前中で終わっていたので、残念ながら聞くことができなかった。しかし、いくつかの議論のなかで、今まさに「原則・統合」に向けた取り組みをしないままでいると、これまでの分離・別学教育体制がいっそう強くなり、日教組が掲げて来た「インクルーシヴ教育」の実現はますます遠ざかるという主張がなされたていた。その主張には大いに納得した。一方で、分離・別学教育体制に規定されているがゆえに持たされるようになっている教職員の意識(障がいのある子は普通学級での学びは難しい、という意識)にそのまま基づいて行っている実践の報告などもあったりした。
そういう議論を聞きながら、「盲・聾・養護学校」が「特別支援学校」に名前を変えるばかりでなく増加する傾向をもたらすのではないか、「特殊学級」が中教審答申にいう「特別支援教室」ではなく「特別支援学級」として固定的に残ってしまうという今回の法改正問題にどう対応していったらいいのか、考え込まざるを得なかった。
かつて『インクルージョンをめざす教育』という研究委員会報告にかかわった私としては「学校教育法改正・原則統合」緊急連絡会議に参加しつつも、もう少し早く動きを作り出しておけばよかったと悔いを抱かざるをえなかった。
しかし、国会審議はこれからである。世界の主流であるインクルーシヴ教育(たとえば、国連で討議されている障害者権利条約の草案を参照されたい)に向けての足がかりをなんとしても得なければならない。
代表 嶺井正也
2006年3月30日
