総研ノート:コラム

「虚妄の成果主義」は虚妄か?

社会人大学院生対象のビジネススクールで教えている。企業内教育や組織行動論に基づいた人材育成の在り方がゼミのテーマである。派遣社員やパートなど多様な雇用形態の人々が混在した組織の中で、業務へのモティベーションや組織へのコミットメントをいかにして高めるか、勤務する職場の事例を紹介しあいながら学生と日々議論している。

昨年刊行された話題の著作、高橋伸夫東京大学教授による『虚妄の成果主義』が他の授業で取り上げられていたからか、私のゼミでも企業における成果主義が話題に上る事が少なくない。この仕事をやってきてよかったという達成感こそが、仕事へのモティベーションを高めることにつながる。しかし仕事の達成が金銭などの外的報酬と結び付くと、人は仕事それ自体の楽しさをもはや感じなくなってしまう。過去の実績に基づいた評価ではなく、未来への見通しを持つことができることで仕事への活力は得られる。昨今急に注目が集まったかのように見える成果主義であるが、企業におけるその誕生は古く、現在では必ずしも欧米のスタンダードとされているシステムではないと高橋氏は述べている。

成果主義を導入したが確かに効果が出ないとして、氏の意見に賛同する学生は少なくない。その一方で興味深いのは、官公庁や大学等、業績評価が導入された実績がない職場に勤める学生の意見である。先行研究からは確かにそのような結果が出ているし、導入されている企業で弊害が出ているという話もわかる。しかし現在の自分の職場では職員の処遇が均一にすぎるので、やはり業績で処遇に差を設けた方が良いように思うとの意見である。現実に導入されなければその弊害を実感することが難しいのかもしれないが、このようなタイプの学生にその先どのような指導を行えば良いのか頭を悩ませてしまう。

日本の教育界に眼を転じてみよう。業績に基づく評価、任期制の導入で将来の見通しが持てない雇用形態。成果主義の原理に基づいて教員を処遇する動向が顕著なのは、大学のみならず初等中等教育の現場でも同様であろう。現実に導入されなければ弊害が実感できないのかもしれない。しかし現に弊害が生じていてもそれらを弊害として認識できるだけの力を、果たして今の教育界は持ち合わせているだろうか。『育てる経営』が高橋氏の持論でもある。人を育てることを本分とする教育界でも、せめて企業経営の先例から学んでほしいものである。

運営委員 佐野享子

(参考文献)
高橋伸夫『虚妄の成果主義』日経BP社
高橋伸夫『〈育てる経営〉の戦略:ポスト成果主義への道』講談社

2005年3月30日