総研ノート:書評・図書紹介
【図書紹介】生井久美子『「ゆびさきの宇宙」 福島 智・盲ろうを生きて』(岩波新書、2009年4月)
「盲ろう者」として日本で初めて大学に進学し、いくつものバリアを突破して東大教授となった福島智さんをおよそ4年間にわたって追いかけ、インタビューはもとより、様々な場面への同行取材を基に書き下ろした一冊である。そうとは言いながらも、読み終えた時の率直な感想は、生井さん一人が書いたものではない、何人もの大きな力がこの本を作り上げたのではないだろうかというものだった。私が感じたことと全く同じことを、生井さん本人が「あとがき」の最後(256頁)に記述している。
点字を蝕読する指先(多くの人たちは左手の指先で点字を読む)ほどの小さな世界と宇宙。このつながり、ひろがりが福島さんの最大の魅力である。本文の中で何度か福島さんの「宇宙観」についての記述があるが、その中でも特に私を納得させた一文は、障害者がなすべき「もっとも重要な仕事」について三つあげ、その第一は生存すること。つまり「生きること」だと言っている。「生きること自体が、この世に生を受けた人間として、もっとも重要な仕事だと思います。〈中略〉福島がそう考えるのは、光と音のない盲ろう者の世界に生きて、自分自身が無音漆黒の宇宙空間にいて、そこから地球を見ているような心象風景があるからだ。」「人間が存在する『意味がある』とするなら、その意味は、まさにその存在自体にすでに内包されているのではないか。もしそうなら、障害の有無や、人種、男女など個人のさまざまな属性の違いなどほとんど無意味なほど、私たちの存在はそれ自体で完結した価値を持っている。」(190頁)宇宙から見たら、ほんのちっぽけなことで、人を差別することがいかに無意味であるかがわかる。「私たちが生きていること自体が、天文学的な確率の恐るべき奇跡」(192頁)であることは言うまでもない。
3歳で目に異常が見つかり、4歳で右目を摘出。9歳で全盲となった。18歳で全ての音が奪われ「盲ろう者」となった福島さんは、苦渋の日々の中で親しい友人への手紙に添えた手記にこう記している。「俺にもし使命というものが、生きるうえでの使命というものがあるとすれば、それは果たさなければならない。そしてそれをなすことが必要ならば、この苦しみのときをくぐらねばならぬだろう。〈中略〉俺はこの考えを仮定し、その仮定のうえで生きていくしかない。」苦しみ悶えながらも生きていこうとした福島さんだが、それを救ったのが福島さんの母が偶然思いついた「指点字」であった。私が新採用教員として盲学校に赴任したのが1979年で、その当時、盲学校に在籍していた盲ろう児の生徒とはほとんどが指文字を使ってコミュニケーションをとっていた。初任から6年間盲学校で教壇に立ったが、その間に「指点字」というものは一度も耳にすることはなかった。10年前に高等盲学校に着任した時には、盲ろう者と「指点字」で会話が行われていて、なるほどと感心させられたことを覚えている。今回、「指点字」の起源を知り、改めてその奇跡に驚かされた。
福島さんは、東大の先端科学技術センターの教授として「バリアフリー」についての研究にも取り組んでいる。バリアフリーの問題が障害者に限定されていることに疑問を持ち、バリアフリーの発想をオープンにし、障害者とそうでない人のバリアを崩し、社会の有形無形の全てのバリアを崩したいと考えている。
本書は、盲ろうを生きる福島さんの人生に迫るノンフィクションである。私たちがなすべきもっとも重要な仕事は、「生きること、よりよく生きること、そして支え合うこと」。生きることの大切さがひしひしと伝わってくるだけでなく、障害感、障害者福祉について、あらためて考えさせられた一冊である。教育・福祉関係者には是非お薦めしたい。
小岩 亨(北海道教員)
2009年9月14日
