総研ノート:コラム

日食は「雨天決行」です

 学生同士が、日食の話題で盛り上がっていた。当然、空模様の話になり、ある学生が・・・
「えっ? 曇とかでも日食って行われるわけ~?」

 確かに「天体ショー」とマスコミは言っているけれど、けっして興行ではない。お客様へのサービスとして、「いつもより長く隠れてます~」というわけにはいかない。人為的な見世物ではなく、自然現象であり、一回限りの出来事で再生はできない。このことが実感となっていないのだろう。

 そう言われれば、あるいは言われなくとも、こちらから操作できるようなものではないことは学生もわかっているのだけれど、つい「雨天順延」がありうるのではないかと錯覚してしまうほど、現代という時代は「つくられた」世界、見る側の満足度を第一にした商業主義的リピート機能を満載した世界なのだろう。ここでは「一回性」という現実がむしろ虚構に見えてしまう。

 単純再生だけではなく、スーパースローの映像や角度を変えた映像など工夫はいろいろで、実に多角的に現象をとらえることができる。しかし、現実は、一定の角度からしか見ることはできない。つまり、自分の「立場(立ち位置)」が大切となる。「どこに立つか」で見え方は大きく変化する。これはもはや太陽だけの話ではない。生活のあり方を自分がどうとらえ、人や社会に対してどのようにかかわっていくのかという問題である。さまざまな技術、多様な見方を知らせてくれるせっかくの技術が、このような「真剣さ」を奪うことになってしまってはならない。

 先の学生に応えてある学生が・・・「日食は雨天決行でしょ~?」

研究会議議員 池田賢市

2009年7月22日