総研ノート:世界の各地から
教育問題で激しく揺れるイタリア
9月15日、米国大手証券会社の破綻をきっかけに、「不況」ならぬ「恐慌」が世界中に広がりつつある。投資家のみならず、一般市民も株、為替の目まぐるしい変動に目を離せない。こちらイタリアの新聞を賑わせているのもこの話題である、と書きたいところだが、今のイタリア人の関心は別のところにあり、株どころではない。
今春首相に返り咲いたベルルスコーニが、8月、「国家経費削減」を謳った新法律を財務省に提出させ、国会にて決定された。(法律133号2008年8月6日公布。)その中で銀行、軍隊、学校関係様々な分野に「倹約」の義務を課させた。
大学に課せられた義務は以下の通り。
・3年間で約500ミリオーニユーロ(約5兆円)の削減・5名の教授の退官については1名のみの新規採用(教授の昇格)。教授が不足した課の学生の指導は、非常勤講師があたるのか、またはそれ以外の措置がとられるのかは明らかではない。
・Sindacato Accademico(教授を含む指導者、学生から成る委員会)で1名でも多数であれば、その大学は「私立」になることができる。
・50%の研究員が一年毎更新の契約雇用であった。プローディ政権の時代にそのうちの30%を終身雇用にしたのだが、今回その30%をもとの契約雇用に戻す。
学生、教授、研究員すべての大学関係者たちはイタリア各都市で毎日のように、「国の借金を返すのは我々学生ではない」と書かれたプラカードを掲げたデモ、また町の大広場での青空授業を繰り返し、政府に抗議をしている。10月22日はミラノカドルナ広場でデモ隊と警察が衝突した。
(抗議も大切だが自分たちの授業はおろそかにしたくない。と言う学生たちもいて、学生たちの間でも仲間割れが生じているということも報告したい)
激しい行動をするローマの大学生(コッリエレ・デッラ・セラ紙より)
最近のイタリアの新聞を大きく占めているのはこの大学問題であるが、じつはこれだけではないのである。今年9月、子どもたちの新学期が始まった頃から学校付近は物々しかった。「どこまで落ちるイタリアの学校」「子供達の未来はどうなる」「あなたはわかっていますか?ジェルミーニ新教育法137号」などと書かれたチラシ張り紙を毎日の様に目にした。
ジェルミーニとは、新ベルルスコーニ政権に入閣した文部大臣。73年生まれ、もと弁護士の女性大臣だ。まだまだ政治の世界でも経験が浅い上に教育畑など全く知らないが、ベルルスコーニ首相から絶大な信頼を受けている。
(Mariastella Gelmini)(blog.scuolaer.it/.../gelmini%20istruzione.jpg)
その彼女が「新教育法」を作成し、それが国会で通ったのである。(法律137号2008年9月1日公布)内容は以下の通り。
1.公民と憲法 イタリアはいままで、「憲法」がカリキュラムに組まれていなかった。よって、2008・2009年度から「憲法」の学習をつうじて「公民」の指導にあたる。2.「態度」の評価
中学、高校での通知表の項目に「態度」を設け、校内での態度、また校外活動においての態度の評価となり、他の教科と同様、及第点に満たない場合は、落第の対象となる。これは、最近浮上してきた「いじめ」問題対策である。
また、「最近の生徒は昔の生徒とは違う」というジェネレーションの違いも無視できない。3.通知表での評価
今まで小学校の通知表は「OTTIMO」「DISTINTO」「DISCRETO」と評価されていたが、2008・2009年度からは10段階評価となる。4.小学校の教員数
小学校の教員数は1クラスに1人(現在は2クラス3人担任)とし、授業時間は1週間に24時間(現在は22時間)とする。「学校関係だけで80億ユーロの削減をする」という法律133号に基づいた項である。この政策で、政府は約13000名の教職員を解雇することになる。内訳は8700名の教員、残りは学校職員である。
ベルルスコーニ首相は22日の記者会見で、「解雇」はしない、教職員が定年退職しても新たに新規採用しないというだけだ。と宣言ならぬ言い訳をする。
授業時間が「週に24時間」については、法律のなかで、「必要な場合は、その場合に応じて、延長することは可能である」となっているが、その場合延長された時間分は保護者が負担するのか、教員のタダ働きか、政府が援助してくれるのか(これは非常に考えにくいが)明らかになっていない。
尚、現在、1人の教員の授業時間は22時間である。それが24時間になる場合、追加された2時間分は支払いがあるかどうかは明らかでない。5.教科書
これはいわゆる「経費削減」の問題で、学校に課せられる義務である。「5年間教科書の内容を変えない」出版社のものしか利用してはいけない。そうすることにより、学校内に教科書貸し出しの制度ができ、経済的に困難のある家庭はそれを利用することができるからだ。現在、小学校は教科書が無料配布されているので、これは中学校、高校についての項目である。6.幼稚園、小学校の教員資格について
以前は、後期中等教育レベルの養成機関で免許を取得するようになっている幼稚園、小学校の教員免許についても学の教育学部の幼稚園、小学校課程の卒業を要件とするようになった。
その上で、国立学校(イタリアは幼稚園も含め多くが国立学校)の教員になるには「コンコルソ」という採用試験に合格しなければならない。しかし、首相は記者会見で「新規採用はしない」と発言した。ということは、免許はあれど就職先なし、ということになる。7.大学の医学部を卒業したものは、専門医課程に進級する前に、国家試験を受け、医師免許を習得しなくてはいけない。
コースは2通りある。
医学部卒業→医師免許取得(国家試験)→専門医課程進級試験→専門医課程進級
医学部卒業→専門医課程進級試験→医師免許取得(国家試験)→専門医課程進級8.これらすべての政策において、国家に予算を請求してはならない。
例えば、「公民と憲法」の新しいカリキュラムについてなど
教育関係者はこの新法律すべてを否定しているわけではない。たとえば通知表の「態度」の項目設定や、経済的な問題を抱える家庭への配慮を感じさせる教科書についての規定などは非常に評価している。
しかしこの法律は「格差教育」を招く原因となることは言うまでもない。公共の機関が経費を削減すれば、支払い能力のある高収入者だけが良い環境を手にすることができると言うのは、普遍で、しかもグローバルの方程式である。
まだまだ協議中であるが、北方連盟党は「外国人生徒とイタリア人のクラスを分ける」という案を出していることも余談であるが、付け加える。
2002年10月、イタリア中部の町カンポバッソをマグニチュード5.4度の地震が襲った。町全体の死者は30名、そのうちの27名が小学校の生徒たちであった。原因は小学校校舎の手抜き工事だった。
これに類似した惨事が今年、中国の四川省でも起こったことは、記憶に新しい。
前途のある子供達にかける費用をけちるとどのようなことになるか。まだまだイタリア政府は学習していないようである。瓦礫の下の悲痛な叫び声が届かなかったらしい。
堂満 葉子(ミラノ在住)
2008年10月30日
