総研ノート:書評・図書紹介

【図書紹介】小沢牧子『「心の時代」と教育』(青土社、2008年5月)

本の帯には「心のケアで人は本当に救われるのか」とある。長年教育総研の教育文化会議議員であった小沢牧子さんのできたてホヤホヤの著書である。『教育と文化』にかつて掲載された論考も含まれている。
 序は「心の管理、無声の時代を考える」となっている。そこの一文。

八十年代後半のころ、大学の非常勤講師をしていたわたしは、学生たちが以前に比べてあまり発言しなくなり声が小さくなり行動が不自由になってきたこと、つまり萎縮してきた様子を気にかけながら、その理由について考え込んでいたものだ。   どこか萎縮してきた人びとの当時の様子が昨今の不気味な静けさに変わる現在まで、二十年が過ぎている。この現象を読み解こうとするとき、わたしにとって「心の管理」というテーマを抜きにすることはできない。「心の時代」という言葉が、やはり八十年大後半から社会に拡がったら、それは心配りの時代のことでも安らかな時代のことでもなく、実は心の管理の時代のことだからだ。

 ここだけ読んでも、「心の時代」という耳障りのいい言葉が狙っているものが何かを、本書が的確に明らかにしてくれることが実感できる。
この序では、日本でも有名なロジャーズとロールシャッハの根本的な問題をえぐり出す次のような部分もある。なるほどとうなづくばかりである。

ロジャーズは日本では非指示的カウンセリング技法の祖であるかのように受けとめられている節があるが、それ以前のホーソン実験に始まる人事管理研究がその論理や技法に影響を及ぼしていることは自明であろう。ロジャーズ以前の研究が集団的人間管理に重点を置いたものであるとすれば、ロジャーズはそれを受け継ぎながら個人の感情管理に焦点を当てて展開したということができる。こうして、人びとの不満や怒りを巧みにコントロールする技法は、あらゆる領域の管理者に歓迎され政治的権力の支援のもとに社会に浸透した。

 
 「ロールシャッハ・テスト」を使う側が狙う感情のコントロールについての指摘も説得的である。

求められているのは、感情を生かさず殺さずほどほどに手なづける力、いわば乾きすぎず疲れ過ぎずに生乾き状態をキープし、落ち過ぎず上がり過ぎずに中空にとどまる感情コントロール能力である。
 こうした序ではじまる本書の構成は以下の通り。それぞれじっくり読みたい内容にな っている。ぜひ本書を手にとられんことを。

第1部 「心の時代」の経緯と現在
 1 消費社会とカウンセリング
 2 「心の時代」は人を救えるのか
 3 「心のケア」・「心の教育」論考
 4 心理主義と新自由主義の持ちつ持たれつ

第2部 「心の教育」とは何か
 5 「心の教育」が意図するもの
 6 心理主義と国家主義の調合物
 7 スクールカウンセリングと「心の教育」
 8 『心のノート』と子どもの権利

第3部 子どもと学校の諸問題
 9 「学力」再考  出席をとらない
10 親と教員は共闘できるか  教育基本法改定のときに
11 学校化社会と「居場所」  ただのおとなに居直る
12 「いじめ」  評価・消費社会の到達地

嶺井正也(教育総研代表・専修大学教授)

2008年5月 7日