総研ノート:コラム
少年法の行方
2000年の少年法「改正」に続いた少年法「改正」法案が、与党の修正案をもって衆議院法務委員会で強行採決された。政府案は、あまりに露骨な厳罰化と管理主義の法案だった。与党議員からも審議の中で疑義が出されていたほどである。それだけに与党でも修正案を出さざるを得なかったのだろう。一部評価できるところもあるが、基本的には与党修正案も政府案と同じである。
今回の衆議院法務委員会の審議は、野党議員の本質的な観点からの質問が光っていた。それに対し、法案提案者側の、強引な、あるいは「?」と思う答弁が目立った。
少年犯罪の増加・凶悪化・低年齢化を提案理由にしていたが、その事実がないことは、ほぼ政府側も認めた。だが、法務大臣は「昔も、皆が驚くというか、深刻に受けとめる事件がおきていた」「数が特段に多いか少ないかということもありますが、何でそういうことが起こったとか、それから社会全体としてどういうふうに受けとめるかというのは、時代時代によって変わってくる」「同じことが起きても、驚きかたが違うとか、深刻度が違う」などと、今流行の「体感治安悪化論」に乗った答弁。大臣政務官に至っては(犯罪以外の警察権の拡大について)「警察権で、世の中は警察を中心に大人たちは動いているわけですから、大人の仲間入りをさせることも必要」と、とんでもない「本音」発言まで飛び出した。
「改正」案(与党修正案)では小学校5年生でも少年院に収容されることが可能となる。少年院ではどういう処遇をするのかという野党議員の質問に、法務省矯正局長は、男女の教官が父母役になる「擬似家庭」的な処遇をするという。これは、現在触法少年も処遇している児童自立支援施設の処遇方法である。他方、触法少年で少年院に収容されるのはそんなにいないとも答弁している。「改正」法案にいたる経緯をみれば、まあ、そうだろうし、触法事件の現況からいってもそうだろう。せいぜい年に一人程度だと思われる。うーん、そうすると、一人で「家庭」なのか、塀で囲まれ施錠されたのが「家庭」といえるかと、聞いていて一瞬苦笑。そのうち、これじゃあ「座敷牢」じゃないかと悲しくなってしまった。
厳罰化の流れの中で少年院は現在満杯状態。それに比して、重大事件をおかした子どもが収容される国立児童自立支援施設では定員的に十分余裕がある。それに、重大事件をおこした子どもを引き受けて、特にこれまで問題はなく、更生していったと元国立児童自立支援施設所長が指摘しているのである。
これまでの成果を無視したうえ、あらたに予算を増やしても少年院収容という“厳罰化”を取り入れたいというのだ。それも、特に、いま、低年齢の子どもが凶悪化したという事実もないのに、だ。
前回の「改正」について日本政府は、国連・子どもの権利委員会から懸念が表明されたが、同委員会は、本年2月2日「少年司法における子どもの権利」に関する一般的意見を採択(一般的意見第10号)した。ここでも他の条項同様、権利基盤アプローチを核にしている。そうして、「公共の安全の保全が正当な目的である」ことを認めつつ、「この目的の達成にもっとも役立つのは、条約に掲げられた少年司法の主導的かつ総括的な原則を全面的に尊重および実施することである」と強調している。必要なのは、子どもが犯罪をおかさないような社会基盤づくりと環境整備だが、そちらの方はまったくすすまない。むしろ、教育「改革」をはじめ、「犯罪は増えるだろう」と思われる施策が目立つ。
大きな視点でものをみないと、とんでもない方向にいってしまう。
運営委員 石井小夜子
2007年6月30日
