総研ノート:コラム
恩師からの、教育再生会議への怒りのメール
このところ、恩師から教育再生会議の議論や第一次報告への怒りのメールがぞくぞくと届いている。もう退職された恩師ではあるけれど、教員へのあまりの締め付けに怒り爆発で、やむにやまれぬ境地になられているのであろうが、これは全国の現場教職員に共通の思いであろうと考えたので、恩師の許可をもらって、ここに紹介させていただくことにした。
なお、第4便にある、教育改革国民会議の座長であった江崎氏の記事はまだ読んでいない。
●第1便
あまりこたえる寒さでなくて助かっています。「教員の質」も向上策と銘打って、答申案がまとめられようとしていますが、私には「教員の個性をおさえて管理者の言いなりになりやすくする」策としか思えません。「校長らによる教員評価に保護者や生徒の評価を加味する」とありますが、大体、管理者は教委の評価に叶う小粒の人材が、好意的に見て10人に9人なわけですから、管理者が評価するというのがそもそも不合理、教員間の相互評価が良い、それも評価結果が公表されなければだめ。
「保護者や生徒の評価を加味する」というが、現在、保護者の理不尽な学校への干渉が先生たちの教育を縛っていると生徒・児童からもからも言われている状況下で、どうしてこういう世論におもねるだけの意見が出てくるのか。
●第2便
「指導力不足教員には研修をし、改善しなければ免許状を返還させる」、「新任教員には1年間の試用期間終了後に適格性を厳密に判断」と言っているが、女性教師をいじめ殺した例でもわかるように、そもそも指導力不足教員を生じるような状況こそが問題なのに、教員不足は放置してこういうやり方をするのは、指導力不足に名を借りて、管理者の恣意に従わない教員を排除しやすくという魂胆が見え見え。また「本採用前の新任教員も適格性をより厳密に判断する」とあるが、判断するのは誰なのか。新任から管理者におどおど、へいこらしないと採用されない、実に教員を萎縮させる愚かな考え方だ。
たいして報われもしないのに、元気一杯働いておられる先生ばかりなのに、なんとか色をつけて、体制を少しでも批判するような、ある意味健全な考え方の、だが器の小さい管理者には御しにく先生を、排除する手段を正当化している。
●第3便
今日は天気予報ハズレで朝から雨模様です。「教員免許は10年で更新。30時間の講習も義務付け」という提言があるが、排除しなければならない指導力不足、不適格の先生がどこにいるのか。教員は他のどの分野より、経験も大きくものをいう分野なのに、その経験を10年もつんだ人を何を根拠に不適格とするのか、外食の店で売り上げが伸びないと従業員をくびにする発想では、教育の再生は出来ない。生徒にも、教育力はないのに不足ばかりは言い立てる親に対しても、毅然とした態度を教師が取らねばならないこの時期に、恣意的に不適格教員のレベルを簡単に貼れるようなシステムを作るなどはもってのほか。
「30時間の講習」といっても誰がするのか、教育学部の教授とか、各都道府県の教育センターや教委の指導主事とかの講義は座るだけ無駄、それより先生方に世界的視野を広げる意味での海外、国内を問わず各地へのテーマを持った研修旅行などがよっぽど有効、そういうことを義務付けるなら、10年毎の講習の義務付けは大いに結構、国会や地方自治体の議員などが年間に複数回行くような、全く無駄な視察など全廃して予算を回すのが、日本の将来への大きな布石。国の将来をおおきく捉える発想を繰り広げてもらいたい。指導層と自負している人たちに、どうしてこうも愛国心がないのか。
●第4便
教育再生法案が今国会に上程されるとのこと、安部首相は外交で点を稼いで、国内では強硬に保守的路線を推し進める腹と見える。今日の朝日の論説に「見切り発車は危ない」として、特に免許更新制については教師を萎縮させ、教員希望者の数を減らすと懸念を示している。私も全くそのとおりだと思う。それを裏付けるノーベル賞受賞者江崎玲於奈氏の文章を日経新聞で見ることが出来ました。「私の履歴書」に書かれている文章です。本文はコピーして封書で送りましたので良かったら参照してください。
私が学校現場で働きやすいと思ったのは、まさしくここに示されている「混沌の中の秩序」です。あなたが在校しておられた頃の学校などはその状況がぴったり。
学校現場はどこであろうとそこにおられる先生方がその個性と持てる力を十二分に発揮する状況にあらねばならない、それなのに基本法の改正が目指すものは免許更新制など含めて、一方的に管理を強める方向の方法しか考えられていない。これではもともと管理者としての適格性を備えていない管理者がほとんどの現場では、管理者の恣意的支配がまかり通る。江崎氏の言われるとおり、現場からこういう発言があって良いのに。
代表 嶺井正也
2007年2月28日
