総研ノート:コラム

携帯電話

堀井憲一郎によれば、「携帯電話が広まったのは1997年からだ」(『若者殺しの時代』講談社、2006年、140頁)という。10年前のことである。

電車の中で女子高校生が携帯電話で必死にメールを打つ姿はいまやごくありふれた風景になっているが、ひとつだけ気になることがある。それは、彼女たちの携帯に付けられている装飾的ストラップの大きさである。携帯電話の大きさを遙かに上回るぬいぐるみ(のようなもの)が付けられていたりする。ちなみに今日、京王線の中で見たものは、高さ25センチ、幅15センチくらいのドナルドダックだった。これだけ大きければ携帯電話を探す手間も省けるだろうなと思うと同時に、〈鞄にしまうつもりないでしょ?〉とも思った。そもそも鞄に入らないし……。つまり、常に電話を手にしている状態で1日を過ごすことになるのだろうなぁ、と。

かつて電話は一家に1台、(もっと以前は村に1台?)、しかも多くの場合それは玄関に置かれていた。このことは、電話がウチとソトとをつなぐまさに玄関口の役割を果たしていたことを意味していたし、それは公と私との境目でもあった。その後、電話は徐々に家の奥へと入り込んでいったものの、それがソトとの接点であることに変わりはなかった。

このような状況においては、誰かに電話しようとする場合、その人のいる家にダイヤルすることになる。そのとき話したい相手が最初に電話に出るとは限らないのであるから、もし他の人が出た場合、かわってもらえるよう頼まなければならない。話したい友だちの親が電話に出た場合、目的を果たすためには、必要最小限の会話が求められた。それは少なからず緊張を伴うものであり、ひとつの試練であったかもしれない。ここに「公」の体験を読みとることは行き過ぎだろうか。

しかし、この10 年で状況は一変した。もはや、話したい相手以外が電話に出ることはあり得ない。いきなり友だちとの会話に入ることができる。大人の仲介はない。これは便利である。ところが、自分の話したい相手以外には電話に出る者がないということは、電話を受ける側からみれば、必ず電話に出なければならないというプレッシャーをかけられたことになる。なぜなら、電話に出ないということは、着信記録が表示される以上、意図的に出なかったということになってしまうからである。(あるいは少なくともすぐにメールを返信しなければならない。)居留守はあり得ない手段になってしまった……。

常に、相手のペースで呼び出されると同時に、常に自分のペースで相手を呼び出すことができる。これが携帯電話の特徴であり、直接的に相手の要求を満たし合う関係が築かれていく。個と個とが直接的に結びつけられる人間関係、いわば点と線の世界であり、ある一定の範囲でもって受け止める「面」の存在が、その意義をもち得なくなってきている。その象徴的存在が家庭であり、地域ではないか。

運営委員 池田賢市

2006年9月30日