総研ノート:コラム
残酷な会話
昨年の10月、通勤電車の中で聞いた女子高校生の会話・・・・
A「うちのいとこのお兄ちゃん、二十いくつでまだ仕事決まんないんだって~。」
B「それってニートじゃない?」
A「違うよ~、ニートじゃないよ~。コンビニとかでバイトしてるからフリーターだよ~。」
C「でもさ~、やばくな~い? 」
A「うん、しかも専門学校中退!」
B・C「最悪〜!!(笑)」
高校3年生、自身の就職先・進路先のことを話題にしている中での1シーンであった。すでにニートという言葉が高校生の間で普通に使われていることに驚いた。しかも、それはフリーターより位置づけが下のようである。確かにフリーターはいまや市民権を得た生き方になっているのかもしれない。しかし、彼女たちによれば、二十いくつになってフリーターというのは「やばい」のである。正社員であることが重要なことらしい。ランク付けが実に分かりやすい。
では、正社員になろうとするときに何が問題になるのか。それは、学歴である。二十いくつになって、バイト生活のなかで正規の就職先を見つけようとするとき「専門学校中退」は、「最悪~」といわれ、笑われてしまうのである。
わたしはつり革につかまりながら、この会話をとても残酷なものとして聞いていた。そして、この「いとこのお兄ちゃん」の姿や毎日の生活を想像した。それは、この国の弱者を切り捨てていく諸々の政策の大きな暗闇の中で、本当に小さな、痛めつけられた、実に善良な姿であり生き方であった。おそらくこの電車の乗っているほぼ全員にこれは当てはまることなのだ、とも思った。でも同時に、多くの人は、自分は「勝ち組だ」と思っているのではないかとも思い、ゾッとした。少なくともあの彼女たちは、望む就職先・進路先がほぼ決まったのであろう、余裕の笑いである。しかし、その彼女たちも、別の高校生から見れば、「最悪〜!!(笑)」なのかもしれない。このような無数の「笑い」の網の目の中でわたしたちは生きている。いったい何を争って生活しようというのか。なんとゆとりのない貧しい生き方をさせられているのか。
このようなくつろげない、安心できない環境で生きていくことが長く続くはずはない、と思いたい。突破口を早く見つけなければ、と焦った。
運営委員 池田賢市
2006年4月30日
