総研ノート:書評・図書紹介
育つ・育てる・育ちあう
子どもとおとなの関係を問い直す
●著者:井上寿美・笹倉千佳弘
●発行:明石書店
●体裁:A5判/182ページ
●定価:1800円(+税)
「ある宇宙人が、人間と出会うために初めて地球にやってくることになりました。ところが、この宇宙人は、まだ人間というものを見たことも聞いたこともありません。そこで、この宇宙人が誤って他の物体や生物などに話しかけることなく人間と出会えるように、この宇宙人宛に人間について説明する手紙を書きましょう」
この意表をつく文章のすぐ下には、実際に手紙を書く欄が設けられ、その書き出しには「宇宙人様 拝啓 このたび、地球にお越しいただくにあたり、無事、私たち人間と出会うことができるように、人間について説明させていただきます。」と書いてあり、その続きを読者が書くようになっている。
なんとも斬新な仕掛けであるが、この問いかけには以下のような答えが後に準備されている。
「具体的な人間の姿を思い浮かべたり、学校で習ったことを思い出したりしながら、直立歩行することや、言葉や道具を使用することなどを取りあげて、宇宙人宛に手紙を書いた人が多かったのではないでしょうか。……しかし……人間の説明として直立二足歩行や、言葉や道具の使用というようなことが書かれている手紙をもらった宇宙人は、たとえば、車椅子を使って歩いている人や手話で話してしている人を、どのようにとらえるのでしょうか。あるいはまた、ハイハイをしたり、「あ〜ぁ〜、う〜ぅ〜」というような喃語でコミュニケーションをとろうとしている赤ちゃんをみたら、どのように思うのでしょうか。おそらく、人間だと認識することは難しいように思います。……しかし、「障害」者の視点や赤ちゃんの視点だけを組みこめばいいということでもありません。なぜなら、「障害」者の視点や赤ちゃんの視点のみに偏ってしまうと、むしろ現実をゆがめてととらえることになるからです。」
こうした複眼的見方が一貫している本書は、保育や教育に関わる人あるいは関わろうとしている人、関心を寄せる人に向けて、子どもを育てるという営みとそのシステムの在り方について、具体的事例を通して、共に考えよう、という形でまとめられたものである。大きくは、冒頭に紹介したような、保育や教育の前提になるような事柄を扱ったPart Iと、保育や教育をめぐるさまざまなテーマを具太的に取り上げたPart IIとからなっている。目次をまず紹介しておこう。それぞれの節には、読者への問いと、検討のための事例が書かれている点も本書の大きな特徴である。
Part I
宇宙人への手紙
1 子どもへのまなざし
2 子どもとおとなとのかかわり
3 子どもの育つ場
Part II
1 いいクラスってどんなクラス?
2 子ども理解ってどういうこと?
3 ワークショップで学んでいることは何?
4 ホンモノの体験ってどんな体験?
5 連携で期待されていることって何?
6 不登校の子どもってどんな子?
7 自己肯定感の高い子どもってどんな子?
8 教師にできることは何? できないことは何?
一見して、本書はこれまでの一般的な保育原理や教育原理などのテキストとは違っていることが明らかである。実際の現場での、ごく一般的な現象や考え方をとりあげ、視点や見方を変えればまた違った理解や対応がありうる、ということを考えさせる内容になっている。
たぶん、二人の著者がそれぞれに実践経験があり、現場でのステレオタイプな考え方や見方に疑問を感じたことをテーマとしてとりあげているものであろう。それだけに説得力がある。評者がそう感じたことに一部を引用しておきたい。よく使われる「子ども理解」という言葉であるが、本書では「完全な子ども理解などありえない。子ども理解が子ども抑圧になることもある」という認識にたって、次のように指摘する。
ところで、子どもにかかわるおとなは、何のために子どもを理解しようとするのでしょうか。子ども理解は、理解することを目的としているのではなく、子どもともかかわりの質を向上させることをめざしています。そして、子ども理解はその目的にために、おのずと求められることなのです。子ども理解をやめてしまうことはできないのですから、子ども理解をめぐる限界性をふまえて子どもとの距離をとることが大切です。さらにいえば、子どもを完全に理解できないという事実が、子ども理解を深め、それを持続させる原動力になっているともいえます。なぜなら、子どもを完全に理解できないということは、子ども理解が完結しないということを意味し、それでもなお理解しようとすれば、理解し続けるしかないという循環を生じさせることにつながるからです。
「子どもとおとなの関係を問い直す」という副題のついた本書が多くの方に読まれることを期待したい。そして読者と著者との対話がすすむことも。
嶺井正也(代表)
2006年4月30日
