活動報告:夏季研究集会

第19回夏季研究集会:第1分科会「学校・子ども・保護者は本当に結びつけるのか?」

講師/ 桜井 智恵子(大阪大谷大学)
   / 江藤 創平(日教組青年部長)

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 30名弱の参加者を迎えて開かれた第1分科会は、まず「保護者」としての思いを想像し、次に「教職員」として向きあう現実を見つめ、その過程で「子ども」の視点と存在を意識し直しながら「つながり」の目的と質と可能性を探る、そんな会であった。
 
 会の初めに少人数のグループに分かれ、保護者視点から想像する"子どもに望むこと"と"学校に望むこと"について意見を出し合った。その後全体での共有の場では、各グループから多くのキーワードが提出されると共に、時には何気なく選ばれ発せられたそのキーワードについて、素朴な疑問が生まれ、問いが出され、確認と議論が深められる機会が互いに作られた。例えば、様々な人と関わり集団の中で生きる力の育みを学校という場に望む、という意味で提出された「集団規範」というキーワードについて、「規範」とは何か?それは誰が何のために求めるのか?また学校で教えるべき・教えられるものなのか?などの問いが出された。同様に「学力をつける」というキーワードに対しては、「学力」とは何か?という問いが出されたり、あるいは「開かれた学校」というキーワードについては、かつてはご近所・地域の子どもやおとなが集う場所として存在し得た学校が、統廃合が進んで、例えば学習会に保護者を誘えない教職員が増えているなど、同じ地域で暮らす〈個〉と〈個〉として教職員と保護者がつながれていない、という現状が指摘された。

 分科会後半には、桜井さんが、特に子どもの視点からキーワードを再検討することをグループに提案した。その結果、例えば「学校と家庭とのコミュニケーション」の際、子どもを置き去りに子どもの頭越しに行わないこと、ポジティブなメッセージを中心に伝えること、できる限りコミュニケーションの過程に子どもの承認と参加を得る工夫を行うこと、などにまつわる実践と課題等が口々に語られた。

 最後の"まとめ"では、まず全部ひとりで、あるいは教職員だけでやろうとはしないこと。多忙化の現状を広く知ってもらい、"弱音"を吐き、保護者や地域の人々の協力を請うこと。教職員が全てを引き受けず、保護者同士につながってもらうことで、孤立している保護者もつながれることなど、「自立」よりむしろ「成熟した依存」にこそ可能性があると、障害者運動からの学びなども引用しながら桜井さんがコメントくださった。"つながりを作る"という新たな重荷ではなく、緊張を解く、楽になる、互いにわかりあいゆるしあえるための緩やかな"つながり"というイメージを確認し合い、また分科会参加者たちの労をねぎらい合い、握手と感謝の言葉を掛け合って散会となった。

2009年9月 1日